私たちハートオブミラクルは、ドキュメンタリー映画「1/4の奇跡~本当のことだから~」を通じて、全宇宙に「感謝の量」を増やすため、全世界・日本全国各地での上映を普及・啓蒙しています。

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映画「1/4の奇跡~本当のことだから~」ができるまでの物語

rii_01映画「1/4の奇跡~本当のことだから~」ができるまでの物語
「1/4の奇跡~もう一つの本当のことだから~」

☆はじめに
みなさん、こんにちは。岩崎靖子です。


2007年2月11日。


この日は私の生涯で忘れられない一日となりました。
ドキュメンタリー映画「1/4の奇跡~本当のことだから~」初上映の日です。

約1000人のお客様がお越しくださり、
映画をみんなで分かち合うことができました。

この映画は、映像制作の経験がまったくなかった入江富美子さんが、
「映画をつくりたい!!」と一念発起し、創った映画です。

私も以前、経験がなかったものの映画を創りたいと、
映像技術をもったおのっちこと小野敬広さんに声をかけ、
二人でドキュメンタリーを創った経験がありました。

そこで、ふーちゃんこと入江富美子さんを手伝うことになったのです。

こうして、
ふーちゃん、おのっち、そして私の3人で映画づくりがスタートしました。
ふーちゃんはよくこう言っていました。

「この宇宙に、感謝の量を増やしたいねん。」

「この映画は、もう完成してすでに未来に存在している感じがする。
それがわかるねん。それをここに持ってくるから。」

ふーちゃんは
「初上映会は1000人の方にお越しいただいて、感動をともにしたい」とも言いました。

イベントなんてやったこともない3人。
しかも、映画も完成しておらず、どんな作品になるかもわからない。

普通の人だったら、無謀だと言ったかもしれません。

それでも、何だかわくわくして、直感的にやりたい!と感じた3人。
やろうやろうと、すぐに決めました。


ところが、映像を制作しても制作しても、中々思うものができません。
うまくいかない、何かが足りない。

イベントも、どうやったらいいのかわからない、何も進まない。
八方塞りでどうしようもなくなることが何度もありました。


そんな時に、面白いものです。
いつも、必要な人やことが、
絶妙のタイミングで現われて、壁を突破したり、新しい道が開けたりするのです。

ふーちゃんが言ったように、もう未来に完成しているそのゴールに向かうために、
すべてのことが現われて、作品を、そしてイベントを創ってくれたのでした。


たくさんの人たちのことばや行動が、
ゴールに向けて、一歩一歩、歩ませてくれました。

私達にとって、出会ったすべての方が映画制作の仲間でした。
この映画と初上映会は、たった一人欠けても完成しませんでした。
この感謝と感動と気持ちを伝えたくて、筆をとりました。



ふーちゃんが映画を創ろうと決めたのは、ある大晦日の夜でした。
ふーちゃんは、その日のことをこんな風に語っています。

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2005年の大晦日。

おばあちゃん子だった私はその年の10月に亡くなった祖母のことを考え、
心はすっかり子ども時代に戻っていました。

昔、私が姉に「私ら、子どもの頃、不幸やったよね。」と、言ったとき
姉の「そうか?幸せやったやん。」と言った言葉がなぜか頭のなかで蘇り、
そのことから気持ちが離れずにいました。

私はその時まで、私の子供時代は不幸でさみしく、
だれも私のことをわかってくれなかったと感じていたのです。

子どものころ、
あれほど私だけ、特別とも言えるほど、かわいがってもらったのに、
そして姉以上にいろんなものを買ってもらったり、連れて行ってもらっているのに、 
満たされず、不幸だったと感じている私。

私になにがあれば、姉のように幸せと思えたのだろう。
と考えながら思い出を振り返っていました。

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子どもの頃。

父とは毎晩、眠る前にふとんの中でブロック遊びをしてから、
父の横で寝ていました。

ある日、いつものようにブロック遊びをしようと父を誘うと、
「しんどい」そういって、背中を向けて眠ってしまいました。

その背中は、今でもなぜか憶えています。 
眠りについた翌朝、私が目覚めた時、目の前には救急隊員の方達の顔がありました。

「あと、5分早かったら、、、」私にはそう聞こえました。


そのとき、すでに父は私の隣で心臓麻痺で亡くなっていたのです。

「あと、5分早かったら、、、」
私があと5分早く気がついていたら、何かできたかもしれない。でも私は何もする
ことができなかった。私は、何か大変な間違いをしてしまったのかもしれない。
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私が6歳、
姉は9歳、弟、3歳、一番下の弟は生まれてから15日目、
母は29歳でした。


私はその時から「私はまた、大きな間違いをするかもしれない」
何かあるたびに、「私が間違っている」と自分自身を責める人生がはじまりました。

大人の誰かたった一人が、その苦しみをわかってくれたら、
どんなに救われるだろうと、思い続けていました。

でも逆に周囲の大人たちからは、

「お父さんがいないのに、こんなに色々してもらって感謝しなさいね。」
「こんなに大きくしてもらって、お母さんに感謝してね。」

と言われ、
私の気持ちをわかろうとする前に、
感謝しなさいというメッセージが次々に私に覆いかぶさってきて、とても不自由でした。

それでなくても、
隣りで父を亡くした複雑な思いを抱えきれず、どうしていいか
わからないでいた上に、
「お父さんがいないんだからしっかりしなさい。」と言う言葉で、
どんな感情も、ないふりをするのが当たり前になっていきました。

そんな中で、何かしてもらったり、買ってもらっても、私のほしいものは
これじゃないという不足感がいつもつきまとっていました。

みんなから「幸せものだね」と言われれば言われるほど、
みんなはわかっていないと悲しくなっていったものでした。

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時が流れ、
祖母が亡くなった年の大晦日の夜。

私は大好きな祖母のことを思い出すうち、
ありありとそんな子供のころの感情が蘇ってきたのです。

大のおばあちゃん子だった私は、
祖母といるとき、祖母のことが大好きだったからこそ、
複雑な心の傷をわかってもらいたいという思いが強く、
それがわかってもらえないという苦しみをいつも感じていたのを思い出しました。

祖母が死んでしまったのに、
「私は不幸だった」、
「ああしてほしかった、こうしてほしかった」
という感情しかありませんでした。

自分のことばかりで、
祖母への感謝の気持ちがない自分を見たときに、本当に打ちひしがれたのです。

本当に私の中に感謝がないかもう一度、探してみました。
それでも本当に感謝のかけらもなかったのです。

感謝のかけらもない自分に出会った時、
そして感謝さえできないほど、傷つき、乾いている自分に出会えたとき、
忘れていた本当の自分に出会った気がしました。

「これが私なんだ。」
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と不思議だけれど、懐かしくもあり、ほっとしました。

そして、良いも悪いもない、、、
これが私なんだから、落ち込むのではなく、
この私のままで生きていこう。

この私だからできることをしていこう、
私ならではの人生にしていこう、と自然に心のそこからそう思えました。

そう思った時、突然、祖母の気持ちがわかり出したのです。

私は、父を亡くした複雑な思いや寂しさをわかってくれる人がおらず、
不幸だと思っていました。

けれど、
突然、祖母の息子を亡くした悲しさ、むなしさが私の心に感じられ、
祖母も私と同じように、
その悲しみをわかってくれる人がほしかったのではないかと感じ、
涙が溢れて止まりませんでした。


私は、これまでは自分のことで精一杯で、
自分のことしか考えていなかったのです。

さっきまでは、
子ども時代を振り返ると、
「ああしてほしかった、こうしてほしかった。」という思いばかりだったのに、
そのとたん、
過去の出来事の中に、
してもらった数々のことを発見し、
あんなこともしてくれた、こんなこともしてくれたと、感謝の想いでいっぱいになりました。


一瞬で、不幸な自分が幸せな自分に変わっていたのです。

私につながるすべてのものやことや人、すべてを肯定したように感じました。

私自身がすべてとつながったように感じました。
自分を否定している間は、自分につながるすべてを否定していると気づいたのです。
自分を受け入れるということは、自分につながるすべてを受け入れるということ。

自分を産んでくれた親、先祖、宇宙、自分につながるすべてのものへと、
感謝が拡がっていきました。

私に足りなかったのは感謝だったんだ!

過去や現在これからの人生を変えていくのは感謝なんだ!と思いました。

これは衝撃的とも言える経験でもあり発見でした。

自分自身をありのまま受け入れたとき、人は自然に感謝の気持ちが湧いてくる。

一瞬でこんなに人を幸せにする感謝という魔法、
そしてこの感動を伝えずにはいられない!

という思いが強く湧き上がり、
その瞬間に「感謝や感動を伝える映画を創る!」と決めていました。

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そして、
私は直感的にそれができる人、
山元加津子さんの映画を創ろうと決めたのです。

山元加津子さんを通して感じられる宇宙感のようなもの、
そして加津子さんに流れこむ大きな力を描きたかったのです。

私はその前の年に行われた山元加津子さんの「魔女・モナの物語」の絵画展で、
一度お会いしただけで他の活動はなにも知りませんでした。
だいちゃんや雪絵ちゃんの話さえも、、、

ただ、モナの絵の下に書かれていた文章から伝わる
「ありのままの自分をそのまま受け止めていく、、、。
私たちは大切な存在である」そんなメッセージと、加津子さん
自身のありのままの感じだけが、私の心に残っていたのです。

右も左もわからない素人の私が「映画を創りたい!」と声をあげ、そのとき、
相談したのが、E・Eプロジェクトの岩崎靖子さん。
すぐに小野敬広さんを紹介してくれました。

そして、初めて二人に山元加津子さんのことを熱く語ると、
岩崎靖子さん(靖子ちゃん)も小野敬広さん(おのっち)も
「3人でやろう!」って言ってくれて、一致団結!

山元加津子さん(かっこちゃん)と付き人の小林正樹さんに相談したところ、
全面協力の中、想像もつかないほど順調に撮影開始となりました。


2006年の2月11日の加津子さんの講演会から撮影開始し、
その後の撮影は、加津子さんやその周りの方たちの力と、
大きな力に後押しされ、素晴らしい出会いの連続でした。

撮影中に出会った方々は、
生きている限り、いろんなことが起こるこの人生を、奇跡という常識で生きる人たちでした。

その生き様や愛に触れ、感謝のない私がいつのまにか感謝にあふれていました。


入江富美子出会い
(監督と出演者)
後列左から 小林正樹 阪根博 赤塚高仁
前列左から 監督入江富美子 山元加津子

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「私が何かをすれば、そして何かしなければ、何もおこらなかったのではないか?」
「いつも何か正しいことをしなければ」
と思いつづけることが当たり前になっていた私。

何をやっても、何をやらなくても自分にOKが出せなかった自分に、
この映画を通じてそして出会った人を通して、
私は私のままでいいんだ!

何をやっていても、やらなくても、
私は私のままでいいんだって思えるようになっていきました。

あの辛かったと感じていた子ども時代でさえ、
大晦日の夜のことも全てがこの映画を創るための大切な力として
必要だったと感じられるようになっていったのです。


「宇宙に感謝の量を増やす!」と突然、浮かんだこのフレーズ!

それは、どんな自分であったとしても、
ありのままの自分を受け止めることなのだと思いました。

あの、大晦日の夜、感謝のかけらもなかった私一人の小さな心に湧き上がった
「ありがとう~」と言う暖かい感覚、、。

もうそれだけで宇宙に影響を与えている、、、。
大海に一滴の水を落とすように、必ず増えている。
そう感じられたことが、この映画の原動力になったのです。

目に見える障害だけではなく、心の中に傷をもつ人、手足をもぎとられるほどの
苦しみを持つ方もいらっしゃると思います。

この映画を通して、私たちに起こる全てのことは意味があるということ。
そして、完全ではないこの宇宙や人、人生をどう生きていくのか。

この映画を通して、そして加津子さんやその仲間、そしてだいちゃんや雪絵ちゃん
から伝わる、なにか「本当のこと」、大切ななにかが
観てくださるみなさんに、いい風に伝わりますように、、と思い制作してきました。


それでも、映画の構成中など、「我」が出そうになると、先に進めなくなりました。
そんな時は雪絵ちゃんの「お日様気分」と言うエッセイを何度も読みました。

雪絵ちゃんの本当の辛さや痛みが伝わり雪絵ちゃんの思いに心が震え、
声を出して何度も泣きました。

そして雪絵ちゃんはそんな思いをしながら命をかけてでも
私たちになにかを残してくれようとしたのんじゃないかなぁ,
と感じるとまた神聖な気持ちで作品に取りかかることができました。


入江富美子制作

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この一年で本当に素晴らしい体験をしました。
それは、神がかりではありましたが、
そしてそれはたくさんの人の言葉、思い、力でもありました。
辛いことさえ全てが良いほうに働いてくれました。

どこかで、孤独だと感じていた私に、
たくさんの方の思いや言葉、支えや応援、、、
これはなにものにもかえられない財産となり私の心に永遠に存在していくのだと思います。

私がみなさんからいただいた愛や奇跡や事柄、
この感謝の思いを流していくこと、、、、。

それをたくさんの方と分かち合うことで、またその方の心が暖かくなることがあれば、
そしてペイフォワード(感謝のバドンリレー)になれば本当にうれしく思います。

入江富美子

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映画制作、イベントづくりをする中で、
本当にたくさんの素敵な人に出会いました。

その人たちが道を切り開き、奇跡を起こしてくれました。
その中から印象深いお話を一つ紹介します。


ふーちゃんは、ある日、とても当たるという占いの先生の話を聞きました。
「映画のことを占ってもらおうかな?」そんな思いがふと頭をよぎりました。

でも、何の迷いもないし、なぜか、必ずうまくいくという確信がありました。

やっぱり行くのはやめようと思ったのですが、
場所を聞いてみると、ちょうどすぐ近くにあるといいます。

ならばと、突然その占いの先生のいるお店に入っていきました。
そこは、複数の先生が交代で占いをしているのですが、
ちょうど、話に聞いた雷(らい)先生が担当の日でした。

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ふーちゃんが、先生の前にすわったとたん、
先生が、「あなたもう決めてるね。人生の中ですごいことをしようとしてるね。」と言いました。

先生はタロットカードを取り出し、カードを引き始めました。オズの魔法使いが、エメラルドの国に向かっているカードが出ました。

「あなたがゴールにいくことはもう決まっています。
そこにはたくさんの仲間と行くことになりますよ。」

それは自分が一番望んでいることでした。
自分のことばかり考えていた人生から、
これからの人生は人と分かち合いたい、
そう思っていたので、とても嬉しかったのです。

先生は、最後に、未来を支配するカードを引きました。
カードは「ガイア」=地球でした。

「あなたのやっていることは、世界に出るよ」そう先生は言いました。     
映画が世界に出る?もちろん、
宇宙に感謝の量を増やすんだから、世界で上映されるようになったらすごい。

映画もできていないのに、わくわくしました。
でも、どうやったら世界に出られるのか、
それはまったくわかりませんでした。


そんな時、小野元裕さんという方に出会いました。

日本ウクライナ文化交流会の
会長をされている方で、村上和雄先生の撮影でお世話になりました。

撮影の帰り、上本町のラーメン屋さんにみんなで立ち寄りました。

食べることが大好きなふーちゃんが、みんなを誘ったのです。

ラーメンを食べながら、ふーちゃんが
ふと「この映画を通して、宇宙に感謝の量を増やしたいんです。」と話しました。

「みんなが自分自身が大好きになって、
生まれてきてよかった」という感動が宇宙に届いて、
宇宙に影響を与えて、
そのことによって宇宙からいい影響が、
今度は地球に届くような、
宇宙全体に感謝があふれるような、そんな映画が創りたいんです。」と、

熱く語っていました。
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普通の人だったら、びっくりしますよね。
しかし小野さんは違っていました。

「やりましょう、やりましょう!
僕は来月、アメリカに行きます。
宇宙旅行開発を学びにいくんです。
アメリカで仲間たちに映画を見せますよ。」

本当に映画が世界に出ることになったのです。


小野さんに、感謝の言葉を伝えたところ、
おもむろに手巻きのむき出しのオルゴール、音を出す金属部分を取り出しました。
その手を取り、空中でまわしはじめました。

しかし、
かすかに音が鳴ってはいるのですが、響きません。
小野さんは、それをテーブルの上に置きました。
そのとたん、澄んだ音色が、その場に響き渡りました。


「オルゴールだけだとだめなんです、響きあうものがないと。
響きあうことで何倍もの音色が出る。
人も同じなんですよね。人は人がいてくれるからこそ、
初めて響きあい、いい音色を創りだすんですよ。」

本当にその通りでした。
どうやって、映画を世界に出したらいいんだろう、と思っていました。

しかし、
小野さんが現われて、
想いが共に響き合って、一瞬の内に世界への道が開けました。


たくさんの人と出会い、共に響きあい、お互いを生かしあう。

小さな私達一人一人の心が響き合って、まるでオルゴールのように、
そのハーモニーが宇宙に拡がり届いたらとても素敵ですね。


入江富美子制作
初上映会の時、ボランティアスタッフが創ってくださった、
”ハートの木” みんなの願いが書かれています。


こうしていろんな人たちに助けられながら、
映画は無事完成し、初上映されました。

映画から流れ出すものと、観てくれているみんなが、響き合っていました。

そのハーモニーが会場を突き抜けて、
大空へ、宇宙へ拡がっていくのを感じていました。

このハーモニーが創られるまでに、
力を貸してくれた様々な人たち、
観に来てくれた人たちに“ありがとう”の気持ちが湧いてきました。

言葉では表現できない、幸せ、まさに、“感謝の魔法”でした。

映画は、これからもたくさんの人に出会っていきます。
今日出会ってくれた、あなたにありがとう。
そして、まだ見ぬ仲間にありがとう。

たくさんのハーモニーが宇宙いっぱいに響いていくだろうことにわくわくしています。




 「みんなのおかげで映画ができました。ありがとう~!」


みんなのおかげでできた映画、みんな、ありがとう~!
                   初上映会までの写真です。(クリックすると大きく表示されます。)

★★映画制作中のエピソード秘話が本になりました!!

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